令和8年度(2026年度)共通テスト 歴史総合,日本史探究 本試験 解答・解説
第1問A-1
解答番号1
正解:3
配点:3
解説:
「あ」は誤り。
Xの大西洋三角貿易は17世紀から18世紀。
Yのアフリカ分割は19世紀後半から20世紀初め。
前後が逆。
「い」は正しい。
「う」は正しい。
「え」は誤り。
コロンブスの西インド諸島到達は1492年。
ヨーロッパからアメリカ大陸に多くの人が移動するようになったとのは、それより後になる。
2026年度 歴史総合,日本史探究 本試験 解答番号2
令和8年度(2026年度)共通テスト 歴史総合,日本史探究 本試験 解答・解説
第1問A-2
解答番号2
正解:3
配点:3
解説:
アは台湾。
下関条約は日清戦争のときのもので、1895年に結ばれた。
朝鮮は下関条約で清から独立し、1910年に日韓併合条約で日本領となった。
また、マラリアは熱帯や亜熱帯の南方が多く、北方の朝鮮ではなく南方の台湾であることがわかる。
イは「自らの勢力圏や植民地を維持・拡大する」。
第三世界は20世紀後半の冷戦期の用語で、20世紀初めにはまだなかった。
米国が主導する西側、ソ連が主導する東側に属さなかった国々のことを第三世界という。
主にアジア、アフリカ、ラテンアメリカの開発途上国がそうだった。
第1問A-2
解答番号2
正解:3
配点:3
解説:
アは台湾。
下関条約は日清戦争のときのもので、1895年に結ばれた。
朝鮮は下関条約で清から独立し、1910年に日韓併合条約で日本領となった。
また、マラリアは熱帯や亜熱帯の南方が多く、北方の朝鮮ではなく南方の台湾であることがわかる。
イは「自らの勢力圏や植民地を維持・拡大する」。
第三世界は20世紀後半の冷戦期の用語で、20世紀初めにはまだなかった。
米国が主導する西側、ソ連が主導する東側に属さなかった国々のことを第三世界という。
主にアジア、アフリカ、ラテンアメリカの開発途上国がそうだった。
2026年度 歴史総合,日本史探究 本試験 解答番号3
令和8年度(2026年度)共通テスト 歴史総合,日本史探究 本試験 解答・解説
第1問A-3(1)
解答番号3
正解:4
配点:3
解説:
「あ」は誤り。
非暴力・不服従運動は20世紀前半、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間であった。
インドのガンディーが指導して、イギリスに対する独立運動となっていた。
「い」は誤り。
イタリアのエチオピア侵攻は19世紀末と20世紀前半にあった。
特にムッソリーニによる20世紀前半のものは、第二次世界大戦の原因の一つとなった。
第1問A-3(1)
解答番号3
正解:4
配点:3
解説:
「あ」は誤り。
非暴力・不服従運動は20世紀前半、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間であった。
インドのガンディーが指導して、イギリスに対する独立運動となっていた。
「い」は誤り。
イタリアのエチオピア侵攻は19世紀末と20世紀前半にあった。
特にムッソリーニによる20世紀前半のものは、第二次世界大戦の原因の一つとなった。
2026年度 歴史総合,日本史探究 本試験 解答番号4
令和8年度(2026年度)共通テスト 歴史総合,日本史探究 本試験 解答・解説
第1問A-3(2)
解答番号4
正解:2
配点:3
解説:
メモ1
誤り。
パネル2に関しては正しいが、パネル3に関しては誤り。
降雨量が最も少ない時期に飢饉が起こっている。
メモ2
正しい。
パネル2は穀物の輸出を継続したこと、パネル3は戦争や政治の混乱が影響した。
第1問A-3(2)
解答番号4
正解:2
配点:3
解説:
メモ1
誤り。
パネル2に関しては正しいが、パネル3に関しては誤り。
降雨量が最も少ない時期に飢饉が起こっている。
メモ2
正しい。
パネル2は穀物の輸出を継続したこと、パネル3は戦争や政治の混乱が影響した。
2026年度 歴史総合,日本史探究 本試験 解答番号5
令和8年度(2026年度)共通テスト 歴史総合,日本史探究 本試験 解答・解説
第1問A-4
解答番号5
正解:4
配点:3
解説:
ウはソ連。
ソ連の崩壊は1991年で、冷戦が終了した1989年よりも後。
チェルノービリ(チェルノブイリ)原発事故のときはソ連がまだあった。
独立国家共同体(CIS)は1991年にソ連崩壊によって成立し、ウクライナなどソ連構成国の多くが参加した。
エは「政治体制の違いにかかわらず、広い地域において見られた」。
事故の起きたソ連は社会主義だが、地図から放射能雲は自由主義陣営のフランスやイギリスにも到達したことがわかる。
そもそも国境で止めることは不可能なことからも類推できる。
第1問A-4
解答番号5
正解:4
配点:3
解説:
ウはソ連。
ソ連の崩壊は1991年で、冷戦が終了した1989年よりも後。
チェルノービリ(チェルノブイリ)原発事故のときはソ連がまだあった。
独立国家共同体(CIS)は1991年にソ連崩壊によって成立し、ウクライナなどソ連構成国の多くが参加した。
エは「政治体制の違いにかかわらず、広い地域において見られた」。
事故の起きたソ連は社会主義だが、地図から放射能雲は自由主義陣営のフランスやイギリスにも到達したことがわかる。
そもそも国境で止めることは不可能なことからも類推できる。