平成31年度(2019年度)センター試験 日本史B 本試験 解答・解説
第2問B-4
解答番号10
正解:1
配点:3
解説:
I
奈良時代頃。
律令制の国府はこのころからみられる。
II
8世紀末。
勘解由使の設置は桓武天皇のとき。
III
10世紀。
律令制では地方の徴税などは郡司が行ない、国司は巡検などを行なうのみだった。
郡司層が没落すると、国司の守(守が不在のときは介)に権限を集中させるようになり、受領として直接徴税などを行なうようになった。
2019年度 日本史B 本試験 解答番号11
平成31年度(2019年度)センター試験 日本史B 本試験 解答・解説
第2問B-5
解答番号11
正解:2
配点:3
解説:
Xは正しい。
唐の元号を使用していることからわかる。
Yは誤り。
那須国造碑には大宝律令よりも前のことが刻まれている。
唐の永昌元年は689年のことで、死去時の干支の庚子は700年のことと考えられている。
天武天皇の宮、冠位や「評督」(評はのちの郡で、評督はのちの郡司の長官)といった大宝律令よりも前の表記もみえる。
また、大宝からは日本には元号が常にあるが、中国の唐の元号や干支で年を表していることも大宝律令より前と推測できる。
第2問B-5
解答番号11
正解:2
配点:3
解説:
Xは正しい。
唐の元号を使用していることからわかる。
Yは誤り。
那須国造碑には大宝律令よりも前のことが刻まれている。
唐の永昌元年は689年のことで、死去時の干支の庚子は700年のことと考えられている。
天武天皇の宮、冠位や「評督」(評はのちの郡で、評督はのちの郡司の長官)といった大宝律令よりも前の表記もみえる。
また、大宝からは日本には元号が常にあるが、中国の唐の元号や干支で年を表していることも大宝律令より前と推測できる。
2019年度 日本史B 本試験 解答番号12
平成31年度(2019年度)センター試験 日本史B 本試験 解答・解説
第2問B-6
解答番号12
正解:4
配点:2
解説:
選択肢1
正しい。
選択肢2
正しい。
平安時代初期に一紀一班(12年ごとに班田)となった。
選択肢3
正しい。
寄進地系荘園のこと。
選択肢4
誤り。
戸籍は造られなくなっていき、人的支配をやめ土地単位となった。
第2問B-6
解答番号12
正解:4
配点:2
解説:
選択肢1
正しい。
選択肢2
正しい。
平安時代初期に一紀一班(12年ごとに班田)となった。
選択肢3
正しい。
寄進地系荘園のこと。
選択肢4
誤り。
戸籍は造られなくなっていき、人的支配をやめ土地単位となった。