平成31年度(2019年度)センター試験 日本史B 本試験 解答・解説
第1問A-1
解答番号1
正解:4
配点:2
解説:
Xはbの風土記。
万葉集は和歌集なので誤り。
Yはdの按司。
在庁官人は国郡里の国で働いたので、琉球ではない。
2019年度 日本史B 本試験 解答番号2
平成31年度(2019年度)センター試験 日本史B 本試験 解答・解説
第1問A-2
解答番号2
正解:4
配点:2
解説:
選択肢1
最初の銅銭は和同開珎ではないので誤り。
和同開珎よりも前に富本銭が鋳造されている。
選択肢2
金座・銀座・銭座は鎌倉時代でないので誤り。
江戸時代である。
選択肢3
寛永通宝は輸入ではなく日本でつくられたものなので誤り。
寛永は江戸時代の徳川家光のころの元号。
中国から輸入したのは中世の宋銭・明銭などで江戸時代よりも前のことである。
選択肢4
正しい。
第1問A-2
解答番号2
正解:4
配点:2
解説:
選択肢1
最初の銅銭は和同開珎ではないので誤り。
和同開珎よりも前に富本銭が鋳造されている。
選択肢2
金座・銀座・銭座は鎌倉時代でないので誤り。
江戸時代である。
選択肢3
寛永通宝は輸入ではなく日本でつくられたものなので誤り。
寛永は江戸時代の徳川家光のころの元号。
中国から輸入したのは中世の宋銭・明銭などで江戸時代よりも前のことである。
選択肢4
正しい。
2019年度 日本史B 本試験 解答番号3
平成31年度(2019年度)センター試験 日本史B 本試験 解答・解説
第1問A-3
解答番号3
正解:2
配点:3
解説:
Xは正しい。
Yは誤り。
円仁が残留する方法を新羅人通訳に検討してもらっていると書かれている。
『入唐求法巡礼行記』は天台宗の僧である円仁が仏教を学びに唐に渡ったときの日記。
遣唐使とともに唐に向かったが、仏教を学ぶための巡礼は許されず、新羅人の助けを借りて不法に滞在することとなった。
第1問A-3
解答番号3
正解:2
配点:3
解説:
Xは正しい。
Yは誤り。
円仁が残留する方法を新羅人通訳に検討してもらっていると書かれている。
『入唐求法巡礼行記』は天台宗の僧である円仁が仏教を学びに唐に渡ったときの日記。
遣唐使とともに唐に向かったが、仏教を学ぶための巡礼は許されず、新羅人の助けを借りて不法に滞在することとなった。
2019年度 日本史B 本試験 解答番号4
平成31年度(2019年度)センター試験 日本史B 本試験 解答・解説
第1問B-4
解答番号4
正解:2
配点:3
解説:
アは樺太・千島交換条約。
日露和親条約は明治政府のときではなく、江戸時代末期に江戸幕府が結んだもの。
イは北海道旧土人保護法。
自作農創設特別措置法は1946年のもので、北海道限定のものでもない。
第1問B-4
解答番号4
正解:2
配点:3
解説:
アは樺太・千島交換条約。
日露和親条約は明治政府のときではなく、江戸時代末期に江戸幕府が結んだもの。
イは北海道旧土人保護法。
自作農創設特別措置法は1946年のもので、北海道限定のものでもない。
2019年度 日本史B 本試験 解答番号5
平成31年度(2019年度)センター試験 日本史B 本試験 解答・解説
第1問B-5
解答番号5
正解:5
配点:3
解説:
I
1604年。
蠣崎氏は室町時代に蝦夷地(北海道)に勢力を広げ、豊臣政権のときに松前氏に改姓した。
江戸時代の初期には徳川家康から蝦夷地での独占的な交易を認められ、松前藩として存続した。
II
18世紀末から19世紀初め。
ロシアが極東に達したのは日本の江戸時代になってから。
18世紀末にロシアは日本と接触するようになり、日本も最上徳内や近藤重蔵、間宮林蔵らが北方を探検するようになった。
III
1457年。
室町時代にあったアイヌと和人との戦い。
蠣崎氏が勝利し、蝦夷地での勢力を広げることとなった。
第1問B-5
解答番号5
正解:5
配点:3
解説:
I
1604年。
蠣崎氏は室町時代に蝦夷地(北海道)に勢力を広げ、豊臣政権のときに松前氏に改姓した。
江戸時代の初期には徳川家康から蝦夷地での独占的な交易を認められ、松前藩として存続した。
II
18世紀末から19世紀初め。
ロシアが極東に達したのは日本の江戸時代になってから。
18世紀末にロシアは日本と接触するようになり、日本も最上徳内や近藤重蔵、間宮林蔵らが北方を探検するようになった。
III
1457年。
室町時代にあったアイヌと和人との戦い。
蠣崎氏が勝利し、蝦夷地での勢力を広げることとなった。