2016年度 日本史B 本試験 解答番号4

平成28年度(2016年度)センター試験 日本史B 本試験 解答・解説
第1問B-4
解答番号4

正解:4
配点:2

解説:

ウは「かな」。
『土佐日記』は、「かな」を使用している。
著者は紀貫之であるが、平安時代の貴族の男性は公式文書も日記も漢文で書くことが多かった。
紀貫之は『土佐日記』で女性のようにあえて「かな」を使用した。

エは鎌倉幕府の公式な記録を編纂した『吾妻鏡』。
『吾妻鏡』の吾妻は東国のこと。
『愚管抄』は鎌倉時代の初期に慈円によって書かれた歴史書。
慈円は京の貴族出身の僧。

2016年度 日本史B 本試験 解答番号5

平成28年度(2016年度)センター試験 日本史B 本試験 解答・解説
第1問B-5
解答番号5

正解:3
配点:3

解説:

選択肢1
湿田から乾田へと移っていったので誤り。
灌漑の技術が発達したことで、水はけのよい乾田に水を引いたり除いたりすることができるようになった。
湿田と比べて乾田の方が収穫がよかった。

選択肢2
大唐米【だいとうまい】が日本に伝わったのは鎌倉時代のころで、室町時代に西国で広まっていたものなので誤り。
東南アジア原産で、中国を通じて日本に伝わった。

選択肢3
正解。
凶作で天保の大飢饉が起こるほどで、米価は急騰していた。
大塩平八郎の乱は、その救済を目的とした。

選択肢4
暴落ではなく、暴騰した。
米を買い占めた場合、値下がりはせず暴落は起こりにくい。
値上がりし暴騰することのほうが多い。

2016年度 日本史B 本試験 解答番号6

平成28年度(2016年度)センター試験 日本史B 本試験 解答・解説
第1問B-6
解答番号6

正解:3
配点:3

解説:

明治初期の学制ができたころは女子の就学率がかなり低かった。
よって、Xは誤り。
女子の就学率が上がったのは日清戦争以降で、急速に男女差が縮まった。

Yは正しい。
大正時代にできた新婦人協会は、治安警察法が制限していた女性の政治結社や集会の改正を目指していた。
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