令和8年度(2026年度)共通テスト 歴史総合,日本史探究 本試験 解答・解説
第6問5
解答番号34
正解:3
配点:3
解説:
選択肢1
誤り。
1890年代前半の初期議会では政府と民党は激しく対立した。
政府は予算を成立させるために一部の民党と妥協したり、衆議院の解散をしたりした。
選択肢2
誤り。
最初の政党内閣は、1898年の第1次大隈重信内閣。
板垣退助が率いる自由党と大隈重信が率いる進歩党が合同した憲政党が与党となった。
大隈と板垣の名から隈板内閣(わいはんないかく)ともいう。
憲政党は尾崎行雄文部大臣による共和演説事件など内紛が続き、第1次大隈内閣は半年も持たなかった。
選択肢3
正しい。
憲政会(上記の憲政党ではない)による第1次若槻礼次郎内閣のこと。
昭和初期の金融恐慌のときに台湾銀行を救済するための緊急勅令を出すように動いたが、枢密院(天皇の諮問機関)が否決してしまった。
第1次若槻内閣は総辞職に追い込まれた。
選択肢4
誤り。
1947年、無産政党の系譜をひく日本社会党などによる連立の片山哲内閣が成立した。
続く芦田均内閣にも日本社会党は連立に加わっていたが、1948年に昭電疑獄で総辞職した。
その後は自由党系の第2次吉田茂内閣となり、独立回復後を含めて第5次吉田内閣まで続いた。